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2008年7月 9日 (水)

いまだにアルコール添加容認論者が多い理由はなぜなのか

今日は、いまだにアルコール添加容認論者が多い理由はなぜなのか、考えてみました。

アル添容認派の論拠は、

①昔から柱焼酎の伝統があった

②酒の香味が軽快になる

③香りを引き出すために吟醸には必要な技術

以上のようなものです。

この考えはどこから来ているのか?

お酒に興味を持った人が手にする本のうち、もっとも多くの人に読まれているのが、岩波新書から出ている「日本酒」(秋山裕一著)なのではないでしょうか?

実はこの本に、上記の「アルコール添加の効用」が書いてあるのです。

醸造試験所長を務め、日本酒の酒造技術史にも多くの業績で名を残した秋山裕一氏の著書ですので、酒造技術面の記述においては信頼がおける本です。

しかし、「アルコール添加の効用」の項目は、誰に向かって書いているのか、をよく考えて欲しいと思います。

プロフィールを見ていただくとわかるように、「協和発酵工業㈱技術顧問」と書いてあります。

この「協和発酵工業㈱」は蔵元に醸造アルコールを供給している会社です。

アルコール添加を悪く言えるわけがないのです。利益相反行為になりますから。

また、戦後の鑑定官出身の技術者が書いた本を見ると、アルコール肯定派が多いのです。

なぜかと言えば、醸造アルコールを供給する会社が天下り先となっていたからです。おいしい道があるをわざわざ閉ざす必要がないんですよ。

酒造業界では、鑑定官の発言には権威があります。

日本酒の権威にあたる人が「アルコール添加の効用」を謳っているかぎり、いつまでたっても純米酒回帰への道のりは遠いと思います。

酒に関する本を読むときは、「誰が何を言っているのか」よりも「どこの誰が何を言っているのか」を見る習慣をつけたほうが良いです。

上原浩氏が「純米酒こそ本当の日本酒である」と言えたのは、一地方の酒造技術者で天下りと縁が無かった立場だったからこそ、とも言えます。

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コメント

同感。その2冊私も読みました。アル添で風味が調整されるというのは、失敗した料理を調味料で調整するのと同じと解釈できましたね。
ほかに大きな疑問は、米のアルコールでは風味が引き出せないのに廃糖蜜のアルコールだと風味が引き出せる点です。たぶん熟成アルコールかそうでないかの違いでしょうけど。このてんについては上原氏の著書のほうが示唆に富んでいます。

投稿: nt238 | 2009年12月26日 (土) 12時10分

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