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2009年4月26日 (日)

米沢牛の恩人のモデルは七右エ門窯の父だった!?

現在、「ほんものを食う会」に向け、寒河江善秋さんのことを調べております。

交流関係を調べていくうちに面白い話を聞いたのでご紹介します。

寒河江善秋さんと交流があった人に、こけし作家の「志藤尚山」さんがいました。

志藤尚山さんは、大分県出身で大学を卒業してから米沢でこけし作家となり、通産大臣賞、総理大臣賞などを獲った有名な作家だったそうです。

志藤尚山さんは七右エ門窯とも交流がありました。

尚山さんは、ある時、「マントを持っている人がいないか?」と七右エ門窯の祖父に聞いたそうです。

その理由はと言えば、米沢牛の恩人と言われた「C・H・ダラス」氏のモニュメントを作るよう依頼されており、マントを着た姿のモニュメントを作りたかったとのことでした。

たまたま、七右エ門窯には昔からあったマントが保存されており、「C・H・ダラス」氏は背が高かったろうということで、背の高い七右エ門窯の父(私の妻の父)に着せたのだそうです。

そして出来上がったのがこちらのモニュメント

うーん、たしかに父っぽいな・・・。

本日の雨の平清水。

緑が雨のしずくで艶っぽくみえました。214261

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