1Q84
ロサンゼルスオリンピックがあった年。
前回のモスクワオリンピックに日本が不参加だったので、凄く盛り上がったオリンピックだった印象があります。開会式でロケットを積んだ人が飛んできたのにはビックリ仰天でした。
何をさせてもアメリカが強く、アメリカの圧倒的な存在を感じた年。
リック・スプリングフィールドもといブルース・スプリグスティーンが「ボーン・イン・ザ・USA」を熱唱していたのが1984年。
当時は、洋楽が今とは比較にならないほど身近な音楽でした。
テレビでは、「ベストヒットUSA」や「MTV」があり、毎週、新たなヒーローが出てくるのを楽しみにしていたものです。
ラジオでは、ラジオ日本の存在が大きく、平日は大貫憲章さんがやっていた「サウンドプロセッサー」、土曜日は湯川れい子さんがDJをしていた「ビルボードTOP40」で最新情報を得たものでした。
80年代前半は第二次ブリティッシュ・インヴェイジョンと言われたムーヴメントが起こっており、デュラン・デュランやカルチャー・クラブといったイギリス発のビジュアル系のバンドが次々と出てきていました。
1984年は、アメリカのミュージシャンも決して負けてはいません。インパクト大魔王ライオネル・リッチーは曲を出せば大ヒット。ケニー・ロジャースと見分けがつかなかったケニー・ロギンスはロギンス&メッシーナ時代の良質なサウンドはどこへやら、「フットルース」でプンプンバリバリ。シンディ・ローパーもマドンナと張り合い、負けじとヒットを出しておりました。
別格はプリンス。見た目も異彩を放っておりましたが非常に高い音楽性は時代を超えておりました。時々、志村けんのような声を出していましたが。
本当の別格総本山は・・・マイケル・ジャクソンだったのではないでしょうか。
1982年末に発売されたアルバム「スリラー」は売れまくっており、1984年に発売された「JUMP」収録のヴァン・ヘイレン「1984」は1位を奪うことができませんでした。
とにかく、音楽も格好いいし、ムーンウォークがまた、様になっていたんですよね。今の若い人には考えられないでしょうが、現在のエキセントリックなイメージとは全然違う正統派の大スターでした。
それが、今朝の訃報。
何だかとても寂しい気持ちになってます。あの時代の頂点だった人物がいなくなった。
時々ニュースになる話題提供が楽しみにだったことに今、気づかされました。
合掌。
そういえば当時、こんな曲もヒットしましたよね。
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