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2009年6月

2009年6月26日 (金)

1Q84

ロサンゼルスオリンピックがあった年。

前回のモスクワオリンピックに日本が不参加だったので、凄く盛り上がったオリンピックだった印象があります。開会式でロケットを積んだ人が飛んできたのにはビックリ仰天でした。

何をさせてもアメリカが強く、アメリカの圧倒的な存在を感じた年。

リック・スプリングフィールドもといブルース・スプリグスティーンが「ボーン・イン・ザ・USA」を熱唱していたのが1984年。

当時は、洋楽が今とは比較にならないほど身近な音楽でした。

テレビでは、「ベストヒットUSA」や「MTV」があり、毎週、新たなヒーローが出てくるのを楽しみにしていたものです。

ラジオでは、ラジオ日本の存在が大きく、平日は大貫憲章さんがやっていた「サウンドプロセッサー」、土曜日は湯川れい子さんがDJをしていた「ビルボードTOP40」で最新情報を得たものでした。

80年代前半は第二次ブリティッシュ・インヴェイジョンと言われたムーヴメントが起こっており、デュラン・デュランやカルチャー・クラブといったイギリス発のビジュアル系のバンドが次々と出てきていました。

1984年は、アメリカのミュージシャンも決して負けてはいません。インパクト大魔王ライオネル・リッチーは曲を出せば大ヒット。ケニー・ロジャースと見分けがつかなかったケニー・ロギンスはロギンス&メッシーナ時代の良質なサウンドはどこへやら、「フットルース」でプンプンバリバリ。シンディ・ローパーもマドンナと張り合い、負けじとヒットを出しておりました。

別格はプリンス。見た目も異彩を放っておりましたが非常に高い音楽性は時代を超えておりました。時々、志村けんのような声を出していましたが。

本当の別格総本山は・・・マイケル・ジャクソンだったのではないでしょうか。

1982年末に発売されたアルバム「スリラー」は売れまくっており、1984年に発売された「JUMP」収録のヴァン・ヘイレン「1984」は1位を奪うことができませんでした。

とにかく、音楽も格好いいし、ムーンウォークがまた、様になっていたんですよね。今の若い人には考えられないでしょうが、現在のエキセントリックなイメージとは全然違う正統派の大スターでした。

それが、今朝の訃報。

何だかとても寂しい気持ちになってます。あの時代の頂点だった人物がいなくなった。

時々ニュースになる話題提供が楽しみにだったことに今、気づかされました。

合掌。

そういえば当時、こんな曲もヒットしましたよね。

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2009年6月25日 (木)

黙っていたら伝わらない、だから吠え続けるのだプンプンいやワンワン!

プンプン系のネタを書いているときは気分も沈みます。

何かを批判・非難することは品性を疑われやすくなりますからね。

蔵元は金持ちけんかせずですから、本音を言わないんです。

私は金もなく馬鹿なので、業界の本音をポロリと言ってしまうわけです。

さて、本日のポロリ。

まともな造り手は高香気性酵母(カプロン酸エチルを多く出す)の使用を必要悪と考えている節があります。

自分は使いたくないのを消費者のせいにしているんです。

「なんだかんだ言って消費者は、あの香りにだまされるんだよね。」

実際に、急に名前が売れる銘柄はプンプン系。

蔵元にとっては、魔法の薬みたいなものです。

「もしかしたら、売れるようになるかも・・・」スケベ心が芽生える気持ちも良くわかります。

実際のところは、コソコソとプンプン系を繰り出したはいいものの、思ったほど売れず、劣化した酒が市場に出回る。

最悪のシナリオは、プンプン系の劣化した戻入酒を普通酒に入れるパターン。この場合、蔵元の良心が仇となるのです。

炭を使うのが悪という最近の風潮がさらに追い討ちをかけ、炭臭ツンツン系の普通酒にプンプンダレダレの酒を入れると目も当てられない不味い酒になります。

やっぱ、吟醸じゃない、普通酒が旨いんだよ、と言っている常習的酒客は知らず知らずのうちにプンプンダレダレを口にしている・・・。

まさしく、負の連鎖が起こっているのです。

プンプン系を造っている人は、おそらく自分では飲んでいないはずです。

スタンスの違いなんでしょうね。私は自分が飲んで旨い酒だけを提供したいと思っていますので、ありえないですけれど。

プンプン系を醸し、実際に飲んでいる蔵元さんがいましたらご連絡ください。立派な蔵元さんとして公表させてただきますので。

消費者の混乱を防ぐには、高香気性酵母使用の酒には酵母の表示義務を課したほうが良いと思います。

そうすることで、プンプン系が好きな人は判断できますし、嫌いな人は回避することができます。

山形においては、使用酵母の「山形酵母」って書いてあるのも混乱の元です。中には高香気性酵母も含まれますので、業界内で発言する機会があれば発言していきたいと思っています。

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2009年6月24日 (水)

プンプン系にはファストフードが良く似合う

コンビニを利用して嫌なのは、こちらがお金を出してバイトの子が受け取るときの、

「1,000円からお預かりします。」というお決まりの台詞。

たとえ、1,000円ピッタリであっても同じ台詞ですよね。

「から」って、別に追加して払うわけでもないのに、毎回ロボットのように繰り返しているのを見ると本当に嫌になります。

気にしなければいいのですが、「”から”はいらないんだよ。」と毎回心の中で文句の一つを言わずにいられません。

そういう意味では、プンプン系(=カプロン酸エチル濃度が高い酒)も同様です。

米からできた酒に、とげとげしい香りをマニュアル通りにわざわざ着けることの意義を見出せません。

「”カプ”はいらないんだよ・・・。」

プンプン系のもとになる高香気性酵母はいわば人工的に作られた酵母。

かつてないほど高い香りを出す酵母なので、造り手にとっては便利な存在でした。

しかし、熟成をせず劣化する一方という醸造酒にとって致命的な性格を持つ酒になるので、私の中では使わないほうがいいという結論に至りました。

プンプン系の食事と合わない、という特性は、食事と合わせなくても旨い、というジュースの延長線の考えとピッタリ合います。

いわば、スローフード(実は、この概念もよくわからないのですが)的性質を持った日本酒としての美徳を放棄したファストフード的性質を持つ酒なのです。

ただ、百害あって一利なしとは申しません。

一利あるとすれば、日本酒入門編として位地づけられるということです。

甘くて香りがいいことは入り口としては入りやすいですからね。ドイツワインのように。

面白い動きだと思っているのは、一般的にプンプン系だと思われている「十四代」さんがひそかにプンプン系から脱却しつつあることです。高木顕統氏は、優れた戦略家であったと後から言われることでしょう。

まもなくプンプン系の凋落が数年内に確実に起こります。

プンプン系を志向している蔵元さんは注意したほうがいいですよ。

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2009年6月22日 (月)

犯人はどれだ?

あまり経験のない三日酔い状態。

何しろ頭痛がひどいのです。

昨夜には今までにないくらいの頭痛を感じて、頭痛薬を飲んでやっと痛みから解放された次第。

量的には次の日に残るような飲み方ではなかったのですが・・・。

焼酎を飲んだ次の日も頭痛がすることが多いのですが、ここまでの頭痛は本格的飲酒歴約20年をもってして初めての経験です。

酒は毒だ。改めて考えさせられます。

お前は毒を売っているのか?

いや、当店で売っている酒に関してはありえない現象なのです。

アルコールが毒なのではなく、なんらかの物質が頭痛の原因物質となっているのでしょう。

私は、日本酒では戦前に唱えられたフーゼル油悪玉説の立場を取りたいと思います。プンプン系のカプロン酸エチルなどを含んだ酒も頭痛がします。

しかし、一昨日飲んだ酒は赤ワイン。つまみはチーズの盛り合わせ。

ヒスタミン、チアミン、亜硝酸塩、フーゼル油、メタノール、除酸、補酸、補糖・・・。

どれが犯人なのかはわかりませんが、わかるようになるまでには体がもたないです。

いつまでたってもダメな私ね・・・って、二日酔いの時に思います。

でも、悪いのは自分だけではなく、酒に含まれる成分だとすれば売る側も気をつけていかなければいけません。

「酔い」を楽しみ、次の日の活力になるような酒だけを売っていきたいと強く思う次第です。

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2009年6月20日 (土)

山形ハワイドリームランド

かつて山形には「山形ハワイドリームランド」というレジャー施設が存在しました。

昭和42年に開園し、5年ももたなかったレジャー施設。

私が直接知っているわけでないので、当時を知る人に聞いたら、「あ~そんなのもあったっけね。」的な扱いで、それほど強烈な印象に残る施設ではなかったようです。

しかし、設計はあの黒川紀章。

今に残る写真を見ると素晴らしい建築物で、現存しないことが悔やまれます。

「山形ハワイドリームランド」について詳しく書いてある素晴らしいホームページを見つけましたので、ご参照ください。

消えた山形 ~黄昏の風景

216201 今朝、「山形ハワイドリームランド」の跡地まで行ってみました。六根浄からは車で10分程度。

手前の空地のところではなく、家が建っているあたりにあったと思われます。

かつては子供達の喧騒が聞こえた場所。ただの住宅街となっているのが、また何とも寂しい感じがしますね。

近くにレジャー施設としての遺産が「飯田温泉」として残されています。

失われたものに対する愛惜の念。

無くなってしまってから悔やんでも仕方がありません。

「生きる」「在る」ものへの関心を持ち続けたいものです。

「正酒屋 六根浄」もよろしく・・・。

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2009年6月19日 (金)

またぞうろう

居酒屋でプンプン系があるのは嗜好品だから許せるものの、蕎麦屋にプンプン系があるを見かけると絶望的な気持ちになります。

「おやおや」(居酒屋)

「やれやれ」(蕎麦屋)

プンプン系を見ると、思わず心の中でつぶやいてしまいます。

プンプン系を飲んだ次の日は酔い覚めが悪いといいますか頭が痛くなります。

わかりやすいのは人為的なものが多く、人為的なものは飽き易い。

次から次に湧いてくるプンプン系銘柄。

いつまで続くのでしょうか?

香りなど何ぼでも出せる時代なので、プンプン系をありがたがる気持ちが正直わからないですね。

飲む前にプンプン系を予想するにはまず何の酵母を使用しているかを見ること、これが一番たしかだと思います。

結構、漢字三文字の箔押し銘柄がプンプン率が高い気がしますが、たまに二文字で人気の銘柄も見かけます。

プンプン系ともったいぶった言い方をするのもなんなので、ここで実名を・・・やっぱり言えません。

カプロン酸エチルの香りを主体とした甘ったるく、舌にビリビリくる酒、熟成の余地を残すことなくダレる一方の酒・・・これがプンプン系。

まあ、音楽で言えばプンプン系はユーロビート。

焦らずとも自然にフェードアウトするでしょうけれど。

しかし、なかなかにしてなかなか・・・やれやれ。

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2009年6月18日 (木)

含羞

明日は桜桃忌。

今年は太宰治生誕100周年ということであちこちで盛り上がっていますね。

昨年は、「饗応夫人」のモデルとなった山形出身の画家、桜井浜江さんの姪にあたる方がお客としていらっしゃいまして、桜井宅で出会った太宰の印象を語ってくれました。

二年前に98歳で桜井浜江さんはお亡くなりになり、太宰が眠る禅林寺で葬儀が行われたそうです。

私も三鷹・禅林寺に一度だけ行った事があります。ただそれだけのことですが。

ところで、村上春樹の新作「1Q84」が売れまくっているとのこと。

まだ読んでいないので別にコメントすることもないのですが、「IQ84(あいきゅうはちじゅうよん)」だと思っていたので、知ったかぶりをして口にしなくて良かったと一人でほっとしています。

村上春樹と言えば、「ノルウェーの森」の中で描かれていた、主人公が住んでいた、毎朝、国旗を揚げる寮は、目白にある「和敬塾」という実際にある寮で、私の先輩も住んでいたことがありました。

その先輩は青森県出身。新し物好きで大変オシャレに気をつけていました。

ただそれだけです・・・やれやれ。2161611

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2009年6月17日 (水)

滝山の自然と蕎麦

216161 昨日は定休日。「山形市野草園」へ行ってきました。

入場すると目の前には緑がいっぱい。

しかし、天気がいいにもかかわらず、人がいる気配がありません。

セミの鳴き声がシャワシャワと聞こえます。

この時期に鳴くセミはエゾハルゼミ。

216162 大自然の懐に飛び込んでいきました。

入り口近くに咲いていた、白い小さい花をたくさんならせるエゴノキ。

平泉寺大日堂下の池に咲いていた花の名を知って少しすっきり。

216163 奥に見える竜山。

青空の中、かっこよく見えます。216164

広い空間を独り占めです。

216165 クリンソウ。

凛として美しい花です。216166

オゼコウホネ。

名前がいかついですが、鮮やかな黄色の花をした水草です。216168 216167 216169

オオシオカラトンボ。

トンボを見てなぜかうれしくなりました。少し童心に返りました。2161613

1時間ほど散策してお腹がへってきたので近くの「そば処三百坊」さんへ。

ちなみにこれは「そば処三百坊」さんのお庭。野草園ではありません。贅沢な空間です。

2161614

こちらが「そば処三百坊」さんの建物。

大変立派な建物。2161615

並盛り。硬めのそば。

2161616 二件目は、近くにある「竜山(りゅうざん)」2161618 さん。

2161617 店の中には、酒の瓶が陳列。山の中でも十四代・・・。

「だしそば」という山形の「だし」を乗せたそばが名物です。

近くにも、「そば処 大山桜」さんがあります。

今まで見ていただいた山形市野草園とそば屋さんは滝山小学校の学区内です。

学区内には東北芸術工科大学もあり、自然と文化と食の三拍子がそろった恵まれた環境にあります。

広報のネタはたくさんありますね。

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2009年6月16日 (火)

定見深睡

「定見深睡(ていけんしんすい)」

この言葉に出会ったのは、大学1年の時に読んだ勝海舟の「氷川清話」でした。

なぜか印象深くて、今でもふっと頭に浮かぶ言葉なのです。

意味は、読んで字のごとくで、一つの物の見方に凝り固まっていることは深い眠りに入っているのと同じことだ、ということです。

他の本で出てきた事がなかったので、勝海舟の創作した言葉かな?と思っていたところ、勝海舟と交流があった人物の論文中にその言葉が出てきて驚きました。

その人物の名は、「川上善兵衛(かわかみぜんべえ)」

新潟「岩の原葡萄園」においてブドウの品種改良に生涯をかけ、日本のワインの父、とまで言われる人物です。

私は川上善兵衛氏が書いた「葡萄提要」「実験葡萄全書」を所蔵しており、本から伝わってくる情熱の前に圧倒されるばかりです。一流の職人であるとともに一流の研究者であった姿を見ることができます。

今まで川上品種について書いてある論文を探す事ができず困っていたところ、やっと入手することができました。

論文の最後の部分は「何ぞ謂はんや世人は予が定見の裡に深睡すと。」で締めくくられています。

様々な苦難、世間からの中傷誹謗があったのでしょう。しかし、生涯をかけて川上氏は現在にも伝わる偉大な川上品種を残すことに成功したのです。

川上品種22種類を交配番号とともに列記します。

ローズ・クィーン NO.413

レッド・ミルレンニウム NO.6421

ネオ・アレキサンドリア NO.4254

ホワイト・ベーリ NO.4289

マスカット・ベーリA NO.3986

マスカット・ベーリB NO.4031

ゴールデン・ベーリ NO.4074

ブラック・クィーン NO.4131

ローズ・シオター NO.4192

グレート・シャスラー NO.4777

レッド・トケー NO.499

レッド・バレスタイン NO.7920

甲州・サバルカンスキー NO.117

ネオ・サバルカンスキー NO.8352

ブラック・サバルカンスキー NO.8445

エキストラ・フォール NO.7

ベーリ・フォールA NO.7879

ベーリ・フォールB NO.7882

ベーリ・アリカンテA NO.55

ベーリ・アリカンテB NO.56

カールマン・アリカンテ NO.7431

アリカンテ・ビークン NO.7889

見たことのある品種は何種類あるでしょうか?

故・麻井宇介氏は「ワイン余話」において、

『昭和30年代前半、私が山形県下で甘味ブドウ酒の原料に使う赤ワインを仕込んでいた時には、「マスカット・べリーB」がまだ栽培されていました。

 その頃、山形のブドウ農家は川上品種を命名された名前で呼ばず、交配番号で呼んでいました。例えば「マスカット・べリーA」は3986、「ブラック・クイーン」は4131です。残りの20種は、もう殆ど消滅してしまいました。

その中で、私が仕込んだことのある品種は、山梨県下で「べリー・アリカントA」(55)、「ローズ・シオター」(4192)、長野県下で「レッド・ミルレンニウム」(6421)しかありません。川上善兵衛の生涯をかけた苦闘を思うと、何とも空しい気持ちになります。』

麻井宇介さんこと浅井昭吾氏はメルシャンでしたので、メルシャンの前身は大黒葡萄酒・・、とすると、大黒葡萄酒に蔵を貸していた水戸部酒造で「マスカット・べリーB」を使用した葡萄酒を造っていたかもしれないですね。

私は、たかが、マスカット・ベリーAと侮っている人は、定見深睡の状態にある人のように思えます。

ところで、当店で販売している紫金園さんの「たわわ」は、マスカット・ベーリA100%のぶどう原液。紫金園さんには川上善兵衛さんが直接持ってきたマスカット・ベーリAの古木が現存します。

「紫金園」須藤さんの愛情と川上善兵衛の情熱が込められている「たわわ」。自然の甘みを凝縮した感動の甘さです。

数量に限りがあります。早いうちにおためし下さい。

南陽市赤湯 紫金園「たわわ」500ml 1,050円Photo

 

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2009年6月12日 (金)

君命も受けざる所あり

今から65年前。

昭和19年6月。

インド北東のインパールを攻略する目的の「インパール作戦」が遂行されておりました。

牟田口司令官の独断と専攻で始まったインパール作戦。

不測の事態を想定しない、兵站無視の必勝の信念だけで作戦を押し通そうとした無謀な戦いでした。

それでも第15軍第31師団「烈」は勇猛果敢にコヒマまで攻め込んでおりました。

しかし、武器の補給どころか食糧の補給すらない状態.。兵士たちは飢えとマラリア・赤痢などの病気で苦しんでいました。

そんな中、第15軍の司令官牟田口廉也中将は、激戦区から遠く離れた避暑地からコヒマ死守の命令を出すのみ。勤務時間の5時を過ぎれば料亭に繰り出し芸者と戯れる毎日。

アホな杜氏が酒を造ると酒がまずくなる程度で済みますが、アホな司令官が軍を指揮すると大勢の人間が死ぬのです。

佐藤中将の怒りは限界に達しました。

「このままでは全滅してしまう。弾薬・食糧のあるところまで撤退せよ!!」

この命令違反の行動によって第31師団烈、1万数千人の部下の命が救われることとなります。

これが日本陸軍史上初となる師団長レベルでの命令違反「抗命事件」でした。

その後、インパール作戦は中止となりましたが、撤退には困難を極め、退路は死屍累々とし、「白骨街道」「靖国街道」とも言われるほど悲惨な状況だったそうです。

人的損害は甚大で、戦死者3万2千人、戦病者4万人以上を出しました。

インパール作戦を指揮した牟田口中将は、司令官を更迭されたものの、日本国内に戻り、陸軍予科士官学校校長となり、戦後も自己弁護をし続け、一切の謝罪の弁もなかったそうです。

死んだ兵士が浮かばれないですよ、これは。

「抗命事件」を起こし、多くの部下の命を救った佐藤幸徳中将は山形県庄内町出身。

佐藤幸徳中将の名は、先日、川西町の舩山達郎さんから伺ったことで知りました。

インパール作戦の前に川西町(旧・吉島村)にお忍びで訪ねてきたことがあり、来訪の理由を調べているうちに面白い事実が判明したのだそうです。

川西町にかつて恋した女性がおり、お墓参りに来たのではないか、と推測しておりました。

昨年には、インパール作戦を生き延びた方々(四国の方が多いそうです)が「追慕の碑」がある山形県庄内町の乗慶寺に集まり、佐藤幸徳中将を偲んだそうです。

2月にはイギリスBBCの取材が庄内町に訪れました。

今まで、こんな人を知らずに過ごしていたとは・・・、本当に恥ずかしい思いです。

寒河江善秋氏は”戦友の遺骨をできるだけ日本に持ち帰りたい”と「半遁世」で申しておりましたが、国はインパールに残された遺骨を収集する努力をしてきたでしょうか?

この梅雨の雨が、遠いインド・ビルマから運ばれた、お国のために戦い命を落とした多くの人達が流した涙に思えてきます。

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2009年6月11日 (木)

鮭野夢造将軍様・・・

朝から訪問者数が多いと思ったら、「鮭野夢造将軍様」で検索されてきているんですね。

何回かやり取りさせていただいて思ったのは、鮭野夢造将軍様のお酒に関する知識・造詣は非常に深い、ということです。これは確かです。

ただ、HP上での表現が過激というか、サービス精神旺盛というか・・・。

非常に賢い方のようですので、もしかしたら、こういった話題を自ら提供することで日本酒への関心を向けさせようとしているのかもしれないですね。

とばっちりを受けても嫌なので、この話題は以上で終わります。

久々に鮭ネタ、いや、酒ネタを一つ。

「純米吟醸 善秋(ぜんしゅう)」720ml2,000円Photo  山田錦100%使用 精米歩合50%

山形の生んだ偉大な青年運動家、寒河江善秋(さがえぜんしゅう)氏の名を冠したお酒。

ラベルをリニューアルさせていただきました。

和紙タイプにすることで高級感が増しました。

今回の瓶詰めしたものは前回より味乗りがよく、わかりやすい酒質となりました。

「旨すぎてズルいよ」

さきほどKさんが言った言葉に、今回の酒質の特徴が現れています。

本数限定ですので、お早めにどうぞ。

申し込みはこちらから。

21699 「純米吟醸 善秋」を造ったのは、写真にある宮内熊野大社の門前町にある「東の麓」さんです。

宮内熊野大社は日本三熊野の一つ。

でかい!思った以上に大きく、存在感のある神社です。

現在は隣接する双松公園のバラも見ごろを迎えているようです。

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2009年6月10日 (水)

川西町洲島

「ほんものを食う会」からちょうど1ヶ月。

昨日は定休日で、寒河江善秋氏の生まれ故郷、川西町洲島(すのしま)まで行って来ました。

生家は「マル」という呼び名で呼ばれていたそうで、昔、飼っていた犬が大変賢く、その犬の名が「マル」に由来するとのことです。戸川幸夫氏の直木賞受賞作「高安犬物語」に出てくる、幻の犬、高安犬だったと善秋氏は言っていたそうです。

善秋氏は川西町洲島を出て、東京へ活動の中心を移すことになりますが、現在は、生まれ故郷の洲島でひっそりと眠りについています。

善秋氏が眠るのは、洲島の仏性寺(ぶっしょうじ)。21691

八幡神社方面から見た仏性寺。

「ほんものを食う会」が盛況に終えたご報告を墓前にさせていただきました。

洲島は小さな集落で、茅葺の家などが現存し、なかなか風情のある場所です。

ただ、観光地でないため、ウロウロしていると不審者と思われかねないような雰囲気があります。21692

洲島の八幡神社。

21694歴史を感じる石畳。 結構長い。

21693_2私の八幡神社のイメージというと小高い丘の上にあるイメージなので平地に建っていることに多少違和感を感じます。

境内は清掃が行き届き、好感が持てます。 21696

洲島で有名なのが「小沼家のサイカチ」。

小沼家は戦国時代には伊達家の家臣で、戦国時代に戦に勝利する「勝」にちなんで植えられた、との説明がありました。

県内一の樹齢を誇るサイカチ。

宮城北部にも同時期のサイカチの古木を見ることができます。

宮城のサイカチには悲しい歴史が隠されています。豊臣秀吉による「奥州仕置」の後、伊達政宗の扇動で起こったとされる「葛西・大崎一揆」があり、秀吉から嫌疑をかけられた政宗は、一揆に加担した葛西家臣団を一箇所に集め、口封じのためだまし討ちし、殲滅させました。

残った葛西家の家臣団は、お家再興のため「葛西勝つ」の意味を込め、「サイカチ」を植えたとの伝承が残っています。

伊達政宗所領にまつわる陰と陽のサイカチ。

21697

その後に参拝した宮内熊野大社の大鳥居前にもサイカチがありました。

続きは明日。(続いたためしがあまりないですね)

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2009年6月 8日 (月)

二羽の鳩

21671 21672 21673二羽の鳩。純米酒 六根浄。

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2009年6月 7日 (日)

今聴いているのは・・・「KO-KO-YA」

Kokoya 相変わらず六根浄では、ヘナパトを流しております。

聴き始めるとしつこいほうなんです。

昨年はガンガン、ボブ・ディランを流し続けました。

しかし、一転、今年はブラジル音楽。

いまだに、あの夢のような一夜をふっと思い出しては、えも言われぬ思いするのでございます。

ところで、来月の7月4日土曜日、Noisy Duckさんにおいて「KO-KO-YA」ライブが行われます。

現在、ヘナパトを猛追する勢いで店でかけまくっています。

先日、「吉里吉里」さんの店主も「これはいいよ~」とお奨めしておりました。

市内での開催はうれしい限りです。

今回は是非とも行こうと思ってます。

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2009年6月 6日 (土)

あがすけ酒屋 六根浄

正酒屋 六根浄 わがまま店主でした。

今年の春で、山形に来て13年目になりました。

正確に言えば、途中3年ほど山形にいなかった時期もありましたが。

来た当初は、山形弁にとまどった覚えがあります。

同じ東北でも違うんです。

標準語では表せない微妙なニュアンスが方言にあります。

例えば、「あがすけ」という言葉。理解するのに時間がかかりました。

これはネガティブな表現で、陰口をたたかれる時に用いられます。

山形弁「あのオヤズ、あがすけだずね。」

標準語「あの男の人、目立ちたがり屋だよね。」

こう言われるともう最悪です。

とにかく、格好をつけて目立ったりするのを嫌がる土地柄のようです。

「正酒屋 六根浄」は、「あがすけ酒屋」と言われてそうです・・・、いや、その前に地元の人は店の存在すら知らないっぽいですけれど。

今日はどうでもいい話題でした。

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2009年6月 5日 (金)

「ほんものを食う会」その後

先月、わざわざ東京から「純米吟醸 善秋」を求めて、青年海外協力隊OBの砂田さんが当店へ訪ねてくれたことは「ほんものを食う会」でご紹介させていただきました。

その砂田さんが先週、青森の朝日新聞に記事になっていました。Photo_2

青森で「純米吟醸 善秋」を青年海外協力隊の仲間と飲んだとのこと。

正直、寒河江善秋氏のことを調べる前まで、青年海外協力隊のことはあまり知りませんでした。

砂田さんからお話を伺い、青年海外協力隊の活動が素晴らしいものであることを認識しました。

この活動が国主導ではなく、寒河江善秋氏や末次一郎氏などの民間人からの要請であったことに驚きます。

「祖国があなたに何をしてくれるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何をできるか考えて欲しい」

ケネディ大統領が就任演説で言った言葉を実践しているのが、青年海外協力隊活動だと思います。

西村直次氏や高橋成雄氏などの山形県出身者が青年海外協力隊の訓練所長を務め、山形県とも深い関わりがある活動なのです。

昨日、砂田さんから連絡があり、寒河江善秋氏の出身地である山形県川西町役場の総務課長さんが「今後、町として寒河江氏の事績を紹介して行く」との明言を協力隊関係者にした、とのことでした。

善秋氏再評価が着実にされつつあります。うれしい限りです。

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2009年6月 3日 (水)

プンプン系は漢字三文字

215223 七右ェ門窯の店舗にかざってある絵がさくらんぼを描いてある絵になりました。

平清水在住の漆工芸作家佐藤正巳先生の作品。

先週末、正巳先生にPTA広報誌の取材を電話でお願いしたところ、「もう90歳になるんで勘弁してください・・・」と断られました。

90歳とは思えぬはっきりとした口調であったので、こちらのお願いの仕方が悪かったかな、と少し反省しました。機会があれば何とか色々とお話を伺いたいものです。21621 21622 21623

21624 21625 21626

昨日は定休日なので、久々に蕎麦屋さんへ。

高擶の「吉里吉里」さん。

二度目の訪問です。

「ざるそば」は繊細な十割そば。

店の雰囲気といい、BGM、文句なしです。21628_2

日本酒のラインナップも渋い。

1回目よりも2回目が旨く感じる蕎麦屋さんは本物です。

ところで、冒頭でお話した佐藤正巳先生は高擶のご出身。

吉里吉里店主に伺ってみました。

「佐藤正巳先生のご実家はこの辺ですか?」

「ここです。」

高擶の佐藤家は村山地区有数の大地主で、正巳先生はその分家にあたり、「吉里吉里」さんのお店がまさにご実家であるとのこと。

なるほど、立派な蔵といい納得しました。

佐藤正巳先生の話でしばし盛り上がりました。

佐藤正巳先生の作品は天童美術館「天童の美術家シリーズ佐藤正巳と菅野圭文展
(8月21日~9月13日)」
見ることができます。

お近くのかたはぜひ。

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2009年6月 1日 (月)

再度、平泉寺大日堂「木造大日如来坐像」について

ちまたでは仏像ブームが来ているようで、一昨日の記事に登場した、平泉寺大日堂「木造大日如来坐像」についての質問がいくつか寄せられました。Photo

仏像界に現れた新星。

高校野球で言えば、江川、松坂レベルの豪速球を投げる怪童が山形に現れる!といったところでしょうか。

作られた時代が10世紀後半で調査員が驚くほどの国の重要文化財レベルの仏像のはずが・・・。

残念なことに後世の修繕の後が多く見られるということで、重要文化財指定は難しいのだそうです。

でも、能書きや理屈じゃないんです。

お大日様の心の奥底まで見透かすような眼力。

メロメロです。

お大日様が静かに鎮座する平泉寺大日堂。

28歳でお亡くなりになった山形城主・奥平昌章公は、平泉寺大日堂に34回も参詣したとの記録が平泉寺に残ってます。

現在建っている大日堂は1684年に再建されたもので、ちょうど奥平昌章公が山形城主であった時期にあたります。

おそらく、再建に際し、奥平昌章公が損傷がすすんでいた一代の守護仏であった大日如来坐像の修繕を指示したのだろうと思います。

良かれと思ってした行為が、重要文化財を逃してしまう結果になるとは、思いもよらなかったでしょうね。

秘仏ということなんですが、今から30年前の昭和54年(1979)年。屋根の葺き替えの際に一世一度のご開帳があったとのことです。

もう一度、みんなの前に姿を現してくれ~。ご住職なんとかお願いします!

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