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2009年6月 1日 (月)

再度、平泉寺大日堂「木造大日如来坐像」について

ちまたでは仏像ブームが来ているようで、一昨日の記事に登場した、平泉寺大日堂「木造大日如来坐像」についての質問がいくつか寄せられました。Photo

仏像界に現れた新星。

高校野球で言えば、江川、松坂レベルの豪速球を投げる怪童が山形に現れる!といったところでしょうか。

作られた時代が10世紀後半で調査員が驚くほどの国の重要文化財レベルの仏像のはずが・・・。

残念なことに後世の修繕の後が多く見られるということで、重要文化財指定は難しいのだそうです。

でも、能書きや理屈じゃないんです。

お大日様の心の奥底まで見透かすような眼力。

メロメロです。

お大日様が静かに鎮座する平泉寺大日堂。

28歳でお亡くなりになった山形城主・奥平昌章公は、平泉寺大日堂に34回も参詣したとの記録が平泉寺に残ってます。

現在建っている大日堂は1684年に再建されたもので、ちょうど奥平昌章公が山形城主であった時期にあたります。

おそらく、再建に際し、奥平昌章公が損傷がすすんでいた一代の守護仏であった大日如来坐像の修繕を指示したのだろうと思います。

良かれと思ってした行為が、重要文化財を逃してしまう結果になるとは、思いもよらなかったでしょうね。

秘仏ということなんですが、今から30年前の昭和54年(1979)年。屋根の葺き替えの際に一世一度のご開帳があったとのことです。

もう一度、みんなの前に姿を現してくれ~。ご住職なんとかお願いします!

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