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2009年7月30日 (木)

「造る」よりも「引き出す」ということ

「正酒屋 六根浄」で、プンプン追討の狼煙を上げてからというもの、プンプン系蔵元さんはおちおち枕を高くして寝れない事と思います。どうもすみません。

価値観の転換は飽和点を超えた時に、ガラリと変わってしまうものです。

カプロン酸追討関東総大将の迫力は、我が世の春を謳歌している山形に風雲急を告げているようです。

あれを飲んでしまうと、六根浄はいまひとつ・・・、などという声も聞かれ、心中複雑なものがございます。

ただ、私が言いたいのは一つ。

酒の出来は、米に由来するということ。

「雄町」と「はえぬき」を比べられても困るということです。

「馬鹿な子供を生んで、先生に賢く教育してほしいと望むのは不可能を強いることであり、先生は、馬鹿な子は馬鹿なりに、賢い子供は賢いようにその天分を引き出せば、教師の責任は達せられているのと同様である。」

山田錦とササニシキの違いを子供の教育にたとえて言った兵庫県の技術コンサルト野々口辰夫氏の言葉です。

馬鹿な子は馬鹿なりにしっかりと育て上げたのが「純米酒 六根浄」なのです。

雄町はいわば旧家のご子息みたいなものです。うちの馬鹿息子と比べるなんて・・・(苦笑)。

さらに、現時点での熟成の度合いが異なるということも味の差となって現れています。

使用酵母、水の硬軟、を考えるとどうしても現時点では関東総大将に分があります。

しかし、時間が経つと逆転する時が来る・・・かもしれません。

こういった楽しみがあるのが、プンプンしていない酒の楽しみなのです。

米の違いを見えづらくし、熟成の妙味に与れないのがプンプン系バイオ酵母の欠点と言えます。

馬鹿な子供が賢く見えたり、賢い子供を凡庸にする・・・、そんな世界はおかしいんです。

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コメント

先日はまた長々とお邪魔しました。
そしてご馳走様でした。
相模灘、美味しかったです。
ほんの少し日本酒ファンに成りかかりそうです。
ブログにアップしました。よろしければ覗いてみてください。

投稿: ミントパパ | 2009年7月31日 (金) 13時28分

ミントパパさん、いつもありがとうございます。

早速、ブログに載せていただいたようでありがとうございます。

日本酒の酸味は重要な要素で、この酸の出方で酒の品が決まってくるような気がします。

自分に合った酒を飲むのが一番ですけどね。

今後ともよろしくおねがいします。

投稿: わがまま店主 | 2009年8月 1日 (土) 17時07分

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