成田闘争とはいったい何だったのか?
私が大学に入った頃には、世間一般には学生運動というものは過去のもののはずでしたが、たまたま私が入った大学は中核派が健在でした。
大学の中には、特徴のある字で主義主張が書いてある大きい看板があり、「三里塚斗争」だの「なんとか粉砕」だのと書いてありました。
一見、廃墟のような「学館」と呼ばれた小汚いコンクリートむき出しの怪しい建物があったり、ヤッケを着た白いヘルメットにタオルで口元を隠した人たちが構内でビラ配りをし、校門の前には機動隊の車が常駐している状態。
別に相手にしなければ害はないので、そういった活動には無関心で私は普通の大学生活を送っていました。
しかしある時、語学の授業の途中に、自治会(この人たちが「中核派」と言われていました)の人たちが突如入ってきて、「学校から許可を得てきました。今から三里塚闘争のビデオを上映します。」とビデオを流し始めたことがありました。
今から考えると授業妨害ですが、当時は私も授業が潰れてよかった・・・くらいの気持ちでした。
ビデオの内容はドキュメンタリー映画で、国家権力による土地の収奪の構図で撮られており、実際の成田の農家の人の怒り・悲しみというものが映像になっていたように覚えています。おそらく、小川紳介監督のドキュメンタリー映画だったんだろうと思います。
羽田空港のハブ空港化の問題と小川紳介監督が創設を提唱した山形国際ドキュメンタリー映画祭が重なったので、ふと、昔のことを思い出していました。
と、本日、知人の方からいただいた、山形市門伝在住の齋藤たきち氏の書いた「わが出会い 人と本」の中に、著者が成田空港反対の立場で一坪地主であることが書いてあり、今でもこの問題が解決していないことに何とも言えない感慨をもってこの記事を書いた次第です。
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コメント
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三里塚闘争は歴史です。眼前の事実。
投稿: wordsplanet | 2009年10月15日 (木) 13時28分
wordsplanetさん、はじめまして。
最近、ニュースがらみで成田のことが取り上げられており、三里塚のビデオを見たことを思い出したところ、今日偶然に三里塚に関わった方の著書を読んだので記事にしました。
最近、三里塚のニュースが出ることもなく、ほぼ解決が済んだ問題かと思っていましたので、問題が本当に根深いことを知りました。
私は三里塚闘争を20年前のビデオで見て知りましたが、一般の人、特に若い人はこの問題を知ることも少なくなっている気がします。
過激な運動は別として、三里塚闘争の教訓は国と個人との関係を学ぶ歴史として伝えていく必要があると感じます。
投稿: わがまま店主 | 2009年10月15日 (木) 14時34分