私も商売人の端くれなので、他業種でも評判になっている店というのは気になります。
その中でも私は「突き抜けている」感を出している店に惹かれます。
チェーン店の擬似世界的パフォーマンスではない、店主の志が自然と滲み出ている店が好きなのです。
私の好きな山形ではインド料理の「JAY」さん、蕎麦屋さんでは「梅蕎麦」さん、前者は「混沌または雑然」、後者は「静謐」。一見、別物に見えるこの二店には、共通の「突き抜けている」感があります。
両店に共通しているのは、洗練された技術に裏打ちされた素材を生かした料理。
しかし、これほどの蕎麦を打つ人はそうそういない、と思える「梅蕎麦」さんほどの名店でもダントツの人気ではないですし、ましてや「JAY」さんにいたっては・・・。
なぜなんでしょうか?
両者には、味が「淡い」、「バランスが良い」という共通点があります。
インスタントラーメンなどのインパクトのある味に慣らされている現代人の味覚には物足りなく感じてしまうのはないでしょうか?
「甘味」「辛味」「旨味」などの本能残基としての知覚に直接訴えかける味がないと大衆に受けないのです。
本能残基というような難しい用語を用いたのは、味覚は本能とは別の知覚であり学習・経験によって価値評価が異なってくる、ということを伝えたいために用いています。
本能であれば「甘味即良いもの」という価値判断が固定されていますが、経験により「甘味即嫌い」という訪れがやってくる可能性があるのが人間の味覚なのです。
「淡い」味に隠された「差異」の複雑さとその理由。
こういったものを感じ取るのが食の楽しさだと思うのですが、いかがなものでしょう?
前振りが長くなりました。
昨日、山形市にある「突き抜けている」感を持っている店に行って来ました。
「焙煎工房 Sui-cafe + BEANS STORE」
住宅街にぽつんと存在しているコーヒー豆を売っている店です。
もちろんお店でもコーヒーを飲むことができます。

ボダムプレス式コーヒーメーカーで入れたコーヒー。見た目、濁っていて薄く見えます。
「豆から出る味のすべてを味わってほしい」からこの入れ方なのだそうです。
このコーヒーの豆は、ニカラグアの「セロ デル シエロ農園」の豆。ニカラグラの国際コンテストで第一位を取った農園。
第一印象は淡い印象。甘味と酸味のバランスが良く、後味のキレがいいです・・・、って良い日本酒と同じではないですか。
店主によると、コーヒーの味は原料によるところが大きく、後はいかに上手に焙煎できるか、にかかっているとのこと。
やっぱり日本酒に似ている・・・。よく考えればコーヒーも木の実、日本酒の原料の米も植物の種。
味が原料に由来するのは当たり前です。
とすれば、今までコーヒーとして飲んでいたのは何だったのか?単に焙煎の味、焦げた苦味を有難がっていただけだったのでしょうか。
日本酒もかつての炭臭やら老香をするのを日本酒の味だと誤解されていた、つまり、クセの特化により特徴化された商品が日本酒の姿でした。

焙煎機がゴロゴロと動き、店主がこまめに豆の状態をチェックしていました。

店主らが直接現地で買い付けてきた生豆が置いてありました。手前がケニアのキアンガイ農園のコーヒー豆。
私が飲んだニカラグアのコーヒー豆より香りが強いと感じました。
驚いたのがサービスで入れて頂いたキアンガイ農園のコーヒーの味。
冷めてからの味がミックスフルーツのようなフルーティーな香りと味。
当然、プンプン系のような嫌らしい香りではなく自然な香り。
凄い世界に入り込んでしまった・・・。
帰りには早速、ボダムプレス式コーヒーメーカーを購入。
私の質問にお付き合いいただいた店長の山口さん、ありがとうございました。
大変ためになりました。
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