和釜魔店主の逆襲
わがまま店主。
ひらがなではちょっと頑固な酒にこだわった店主程度の印象しか与えていないことでしょう。
しかし、その本性は・・・和釜魔!
現代酒造技術を盲信してきた皆さんにとっては、ひぇ~ですよ。
忘れてきた酒造技術の中に眠っていた真実。
酒造の根本は「蒸米」であるということ。
限定吸水による管理だけでない旨味のある蒸米の仕上げ。
その源流にあるのが、山形県鶴岡市出身の鑑定官「中村政五郎」であり、宮城県出身の鑑定官「鹿又親」の教えでした。
前者の教えは灘の酒造りへ多大な影響を与え、後者の教えからは「有松嘉一」を経て「上原浩」へと受け継がれました。
大東亜戦争の戦局の悪化に伴う混乱のもと、これらの酒造技術は経験として受け継がれた蔵もありましたが、表立った理論としては、ほぼ忘れられました。
蒸きょう設備としての「和釜」は、優れた蒸米となる構造であり、旨味を最大限に引き出すことが出来る設備だということが私の経験からも実感することができました。
福島の「大七」さんでは新社屋を建てる際、「和釜」にこだわり、竈(かまど)と巨大な煙突を新たに作り直しました。
福島の「大七」さんは、名杜氏といわれた伊藤勝次杜氏が、灘の辰馬本家酒造(白鹿)に通いつめ、生酛の技法を習得し、その時に「生酛づくりの最後の総帥」と言われた辰馬本家の「井上貞三」技師長に「蒸米」の重要性を叩き込まれたようです。
井上貞三氏は中村政五郎氏の薫陶を受けた一人。
さらに後年、上原浩氏が伊藤勝次杜氏と出会うことになる。
「中村政五郎」と「鹿又親」の教えの融合。
「和釜」を手放すわけがありません。一時、ボイラーによる縦型連続蒸米機を導入したらしいですが、すぐにやめたと聞きます。
なぜ、「完全なる蒸米(旨味のある蒸米)」の重要性(限定吸水だけでない)が忘れられたのか?
これは一つの仮説なのですが、造り手に苦味の感受性がある人とない人がいて、苦味の感受性のない人にとって見ると、この蒸米の旨味というものが理解できていなかったのではないかと。
蒸米の蒸し方が甘いと蒸米に苦味が残ったままです。そうすると、酒に苦味が移るのです。
皆さん、ほとんどの日本酒は苦くありませんか?
苦味の感受性がない造り手は、苦味を感じなくても、飲みづらさを感じるようですので、グルコースの甘味でカバーするようになります。さらに、カプロン酸の苦味・エグミを感じないようで、高香気性酵母(プンプン系のもと)を安易に使用する・・・。
しっかりと、味の評価が出来る人を選抜しプロの技術者として養成していくこと。
このことが「日本酒復権への第一歩」だと思います。
最後に一言、
「とはいえ、日本酒は純米酒に戻らなければならないと考える」
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候補第一位は・・・、「最新 清酒醸造法(増補再版)」(大阪税務監督局編)(昭和10年)!!
「酒造乃心得」って、どこかで見たことがあるような?と思った方は、記憶力が良い方です。尾瀬あきらさんが書いた「奈津の蔵」で、奈津が酒造りを覚えるために読んでいた本です。
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