カリスマ指導者
どの業界でもカリスマと呼ばれる人がいます。
現在の酒造業界では、山形県工業技術センターの小関敏彦先生がカリスマと言えるかもしれません。
かつての酒造業界では、熊本の野白金一氏、秋田の花岡正庸氏らが吟醸の神様と呼ばれ、カリスマ的な存在であったようです。灘地区限定では、中村政五郎氏が生神様のような扱いをうけたとの記述があります。
それぞれ鑑定官出身で、指導した場所と出身地が異なり、影響力が地域限定であったのが面白いところです。
おそらく各先生の指導のスタイルと風土や流儀がうまくマッチしていたんだろうと思います。
逆に、戦前から戦後にかけて全国に酒造指導者として全国にシンパがいたカリスマがおりました。
その名は「杉山晋朔」。
以前、「戦後の酒造界における最大の謎」の題で、表舞台から姿を消した杉山晋朔氏を取り上げたことがありました。
あの後、杉山流を継承する蔵元さんから連絡があったりと、色々なことがわかって参りました。
秋田コンノの社長に杉山晋朔氏のことを聞いたら、「う~ん。」と困った表情をしていたのを思い出します。何があったのだろうとずっと疑問に思っていました。
調べていたら、出てきました。
元・鑑定官の高橋康次郎氏の東京農大教授の新任挨拶の文章の中、「4.キラー酵母はいずこへ」の「長野県のカリスマ的なS先生」として(ちなみに杉山氏は静岡県出身。花岡正庸氏は長野県出身)。
読んでいただくと酒造技術者の方はわかると思いますが、杉山氏の指導はなんだこれは?の世界です。
まず、仕込水の加工薬品の使用量が半端ではありません。これでも「酒造の栞」に記述のある指導より少なめの数値です。
酒母の使用時のアルコールが18%。調べてみると培養酵母の添加時期も暖気を入れてボーメが出てから添加するやり方だったそうです。
「二時間蒸し」は素敵です。昭和50年代に行っているとは・・・。
しかし、キラー酵母に汚染されていたのでは元も子もありません。
どんな指導であっても目的を達せられなければ全てが水の泡です。
とにかく、酒は清潔な環境が第一であることもこの事例では教えてくれています。
戦前には第一線で表街道を歩んでいた杉山氏が、戦後はアンチ鑑定官室の指導をするようになった理由が知りたいですね。
杉山晋朔氏が理想とする酒はどんな酒だったのでしょうか?
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と思うくらいに外の景色がきれいで、朝からお店の前の椅子に座ってボーっとしていました。
まずはこれ。「東北地方酒造参考書」大正5年2月発行。
9年ほど経過して出された「酒造注意書」大正13年11月発行。
「秋田式甑」は、花岡正庸氏著「酒造提要」(大正13年1月発行)に図が書いてあります。
その証拠として、昭和9年に発行された日本醸造協会東北支部「清酒吟醸要訣」には、秋田式甑の記述がありません。
龍勢 寿司酒(すしざけ) 備前雄町 精米歩合60%
候補第一位は・・・、「最新 清酒醸造法(増補再版)」(大阪税務監督局編)(昭和10年)!!
「酒造乃心得」って、どこかで見たことがあるような?と思った方は、記憶力が良い方です。尾瀬あきらさんが書いた「奈津の蔵」で、奈津が酒造りを覚えるために読んでいた本です。



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