平清水

2010年12月 8日 (水)

冬はつとめて

紅葉も終わり、もうすっかり雪を待つだけになりました。

しかし、今、山形では桜が咲いている箇所もちらほらあったりして何かおかしいですね。

山形の今年の紅葉はいまいちだったような気がしますが、この秋に平清水の平泉寺で撮った写真を眺めていたらやっぱりきれいなものです。Photo Photo_2 Photo_3

年々、過ぎ行く季節にいろいろと感じることが多くなってきました。

いよいよ酒造り本番です。

雪が降る 冬はつとめて 酒蔵に

う~む、俳句のセンスがない。いたずらに年を重ねるのみ。

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2010年7月12日 (月)

夏の花

先週末に「正酒屋 六根浄」の周りに咲いていた花たち。

Photo Photo_2 Photo_3

色や形が違ってもそれぞれ美しいですね。

山野草の力強さを感じました。

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2010年4月21日 (水)

ドーシス・カリオカスモデル

またまたドーシス・カリオカスの山寺ライブの話。

そんなの比較しようがない、と言われそうですが、同じ日に行われたキャロル・キングとジェームス・テイラーのライブに決して負けてはいないほどいいライブだったと思います。

キャロル・キングの1990年3月の初来日の際には2F席の一番前で聴いていましたので、私の中ではいい思い出ですが、何といっても距離が違いますからね。今回は、目と鼻の先。それに今では私はすっかりブラジル音楽の虜ですから。

まあ、今でもキャロル・キングもジェームス・テイラーも好きですけどね・・・。

私があれこれ言うよりも、日本ブラジル音楽界の重鎮、中原仁さんのライブの感想を見ると早いです。

クオリティが高いサウンドに、親しみやすい曲とアレクシアの表現力、これが受けないわけがない。より多くの人にブラジル音楽を知ってもらいたいと強く思います。

ところで、今回のライブでは季節はずれの雪が降ったりと、いろんな奇跡が起こりましたが、私は会場での奇跡に目を疑いました。

ドーシス・カリオカスの二人がお茶を飲んでいた器。なんと「正酒屋 六根浄」がある七右エ門窯の湯のみではないですか!

むぅ、これはチャーンス!と、翌日に早速、店内にこのような展示を。Photo_4

(中原さんのブログから画像を無断拝借)

しかし、あんまりにもあこぎ過ぎると恥ずかしくなり、ドーシス・カリオカスの二人にプレゼントしました。

ただ、見た目にもきれいな「紫」と「若草刷毛目」の釉薬を用いた七右エ門窯の器ですので、今後、ドーシス・カリオカスモデルの「夫婦湯呑み」としてブラジル音楽ファンに末永く愛していただきたい器です。

お買い求めは山形市平清水「七右エ門窯」 まで。

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2009年11月 4日 (水)

悲しき「正酒屋 六根浄」

211142 山形市駅方面を大日山から臨む。

遠くに見える朝日連峰は昨日の雪で冠雪しています。

少し早い冬の到来でしたね。

211143平泉寺の大日堂裏の新・四国八十八箇所巡りの石仏も朝日に照らされ神々しい姿を見せております。

211144空気が澄み切って、なぜか悲しい感じがするほど天気の良い一日でした。

211145

秋空に 正宗雄町が よく似合う

ご注文雄町しております

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2009年10月29日 (木)

わが道を行く

2110261 今週の月曜日に、ここ平清水から見て千歳山の裏側にある妙見堂へ行ってきました。

妙見堂の境内に、先日の記事「ダムの中のダムはムダの中のムダ」で、青年団と交渉にあたった山形県総務部長をしていた堀田政孝氏の記念碑があります。

記念碑には、

「わたしのたどる

ひとすじの道はけわしい

幾多の苦難があることだろう

しか志、わたしはわが道を行く

堀田政孝」

堀田政孝氏は東京帝国大学法学部を出て昭和15年に内務省に入省。戦後、山形県総務部長として迎えられ、山形の地方自治の確立に尽力した人物です。

当時、全国に先駆けて行われた山形県連合青年団による「公明選挙運動」、「産業開発青年隊」は、寒河江善秋氏の優れたアイデアと積極的な行動に加えて、県側の堀田政孝氏の協力があって大きな運動となり得たのでしょう。

堀田氏はその後、防衛庁へ進み人事局長までなりますが、官を辞し、政治の道を選び、今から40年前の昭和44年に晴れて山形一区から衆議院議員となります。

しかし、念願叶った一期目の任期途中においてお亡くなりになりました。享年54歳。

短い任期ではありましたが、ここ「正酒屋 六根浄」のある平清水を流れる恥川(はずかしがわ)の河川改修の際に、恥川が重要河川認定を受けることで、地元住民の負担が軽くなったのは、地元の陳情を受けた堀田政孝代議士が尽力したおかげであったと、七右ェ門窯の祖父が申しておりました。

2110262 堀田政孝氏の記念碑の前には秘書をしていた故・新関善久県会議員の記念碑。

しかし、記念碑は建てた関係者以外に見る人も少なく、悲しい存在ですね。

2110263 妙見堂からは県庁・駅方面を見渡すことができます。2110264

妙見堂の参道途中にあった兵隊さん石灯籠。意図がよくわかりません。

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2009年10月17日 (土)

久々に秋の平清水のご紹介

この時期になると朝の散歩が気持ちいいのです。

平清水観音から大日堂に抜ける道も清々しい。

2110153 2110151 2110152

今年は寒くなったのが早かったためか蚊がいなくなるのが早く、すでに散策するにはもってこいの季節となりました。

草木が黄色になるのと同じく、お酒も色づき味も乗ってきています。

自然の移り変わりと日本酒の味が合っていることは、あらためて日本酒も原料が植物由来であることを思い出させてくれます。

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2009年9月 5日 (土)

「佐藤正巳と菅野圭文展」が天童美術館で開催中です

だいぶ前にお話した、「佐藤正巳と菅野圭文展」が天童美術館で開催されています。

Photo 上の牛の絵が平清水在住の佐藤正巳先生の作品です。

これが漆で描いた作品というのですから、漆の画材としての可能性を見出し、表現していった姿に感銘を受けました。

漆のピカピカした感じが暗い色調を暗くさせず、すんなりと絵の世界に入っていくことができます。

平清水にある平泉寺大日堂の千歳山大仏の仏頭をモデルにした作品もありました。

13日(日)まで開催しておりますので、是非ご覧下さい。

絵を観た後には、佐藤正巳先生の生家跡をそのまま蕎麦屋にした「吉里吉里」さんで蕎麦を食す・・・、鉄板コースです。

1261 215223 この二つの絵は七右ェ門窯所蔵の佐藤正巳先生の絵になります。

調べたら寒河江善秋氏と同じ年、1920年生まれなんですね。

司馬遼太郎の「街道をゆく」の中の「羽州街道」の中に登場する人物でもあります。

昔は大変お酒が好きな方だったそうで、今でもご健在です。

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2009年7月15日 (水)

滝山から世界が見える

「正酒屋 六根浄」のある平清水は、山形市の滝山地区にあります。

山形県の「山形」の地名の由来は、滝山地区と言われています。

歴史と文化が継承されてきたここ滝山地区の小学校の広報部長となったもので、何かと面倒です。

たいしたこともしてないじゃないか、とお叱りをうけそうですが、これがまた、なかなかなんです。

1学期中に2回の広報誌発行。

昨日、無事2回目を発行することができました。

ただでさえ小学校のPTA役員になりたがらないのに、広報部は1番の不人気部門であるようで、広報部に入る入らないで学年委員会が紛糾した学年があったとか。

今年は保護者の負担軽減を考え、先生ができることは先生におまかせするようにしました。

1学期に2回発行ですが、だいぶ負担が軽くなったと思います。はっきり言って作業自体は楽です。

しかし、昨年までの活動内容を知らなければ、嫌なことをやらされている意識が強い方はまだまだ広報部に入ったことで、割りを食っている感があるかもしれません。

入ったら得をするようなシステムを作らない限り、毎年揉めることを繰り返していく感じがします。

そこで、大事なのは、自ら発想し、企画したことを実現する喜びがもっと広報部にもあったほうがいいと考えます。制約事項はできるだけ少ないほうがいい。

PTA会員全員が利益を享受できるような話・・・、理想です。しかし、こんなのは絶対面白い記事になるわけがありません。

広報部員が興味を持ったことを記事にする、これでいいような気がします。

PTA広報活動の名目があれば、普段近づけない、話すことができない人にアプローチすることが可能です。これは大きなメリットではないでしょうか?

滝山学区の東北芸術工科大学には「おくりびと」の脚本家の小山薫堂氏が企画構想学科の学科長をしていますので、「つまらないPTAを面白くするにはどうすればいいのか?」などの質問をぶつけていくのもいいかな、と思っています。

先日、広報部OBの方から反発された私の案は、イケメン元Jリーガーに「サッカーが上手になるためにどうすればいいのか?」をみんなでインタビューしに行くといったもの。

本当に元Jリーガーでかつ、イケメン。こういう人とコンタクトを取れるんですよ、広報活動部の皆さん!

「広報部ずるい~」「広報部うらやましい~」

こう他の人から言われるような活動も可能なんです。

取材内容など大して重要ではありません。これで飯を食っているわけじゃないですからね。

PTA会員が興味を持ち企画・発案したものを広報誌にまとめることで会員同士の親睦を図る、これが広報活動の目的です。

子供の記録会の結果など先生が作る学校通信がやればいいこと。

今週末には「やきとり前田村」さんで1学期の反省会がありますが、面白い意見が出ればいいな、と思っています。

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2009年6月 3日 (水)

プンプン系は漢字三文字

215223 七右ェ門窯の店舗にかざってある絵がさくらんぼを描いてある絵になりました。

平清水在住の漆工芸作家佐藤正巳先生の作品。

先週末、正巳先生にPTA広報誌の取材を電話でお願いしたところ、「もう90歳になるんで勘弁してください・・・」と断られました。

90歳とは思えぬはっきりとした口調であったので、こちらのお願いの仕方が悪かったかな、と少し反省しました。機会があれば何とか色々とお話を伺いたいものです。21621 21622 21623

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昨日は定休日なので、久々に蕎麦屋さんへ。

高擶の「吉里吉里」さん。

二度目の訪問です。

「ざるそば」は繊細な十割そば。

店の雰囲気といい、BGM、文句なしです。21628_2

日本酒のラインナップも渋い。

1回目よりも2回目が旨く感じる蕎麦屋さんは本物です。

ところで、冒頭でお話した佐藤正巳先生は高擶のご出身。

吉里吉里店主に伺ってみました。

「佐藤正巳先生のご実家はこの辺ですか?」

「ここです。」

高擶の佐藤家は村山地区有数の大地主で、正巳先生はその分家にあたり、「吉里吉里」さんのお店がまさにご実家であるとのこと。

なるほど、立派な蔵といい納得しました。

佐藤正巳先生の話でしばし盛り上がりました。

佐藤正巳先生の作品は天童美術館「天童の美術家シリーズ佐藤正巳と菅野圭文展
(8月21日~9月13日)」
見ることができます。

お近くのかたはぜひ。

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2009年6月 1日 (月)

再度、平泉寺大日堂「木造大日如来坐像」について

ちまたでは仏像ブームが来ているようで、一昨日の記事に登場した、平泉寺大日堂「木造大日如来坐像」についての質問がいくつか寄せられました。Photo

仏像界に現れた新星。

高校野球で言えば、江川、松坂レベルの豪速球を投げる怪童が山形に現れる!といったところでしょうか。

作られた時代が10世紀後半で調査員が驚くほどの国の重要文化財レベルの仏像のはずが・・・。

残念なことに後世の修繕の後が多く見られるということで、重要文化財指定は難しいのだそうです。

でも、能書きや理屈じゃないんです。

お大日様の心の奥底まで見透かすような眼力。

メロメロです。

お大日様が静かに鎮座する平泉寺大日堂。

28歳でお亡くなりになった山形城主・奥平昌章公は、平泉寺大日堂に34回も参詣したとの記録が平泉寺に残ってます。

現在建っている大日堂は1684年に再建されたもので、ちょうど奥平昌章公が山形城主であった時期にあたります。

おそらく、再建に際し、奥平昌章公が損傷がすすんでいた一代の守護仏であった大日如来坐像の修繕を指示したのだろうと思います。

良かれと思ってした行為が、重要文化財を逃してしまう結果になるとは、思いもよらなかったでしょうね。

秘仏ということなんですが、今から30年前の昭和54年(1979)年。屋根の葺き替えの際に一世一度のご開帳があったとのことです。

もう一度、みんなの前に姿を現してくれ~。ご住職なんとかお願いします!

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