悲しき「正酒屋 六根浄」
遠くに見える朝日連峰は昨日の雪で冠雪しています。
少し早い冬の到来でしたね。
平泉寺の大日堂裏の新・四国八十八箇所巡りの石仏も朝日に照らされ神々しい姿を見せております。
空気が澄み切って、なぜか悲しい感じがするほど天気の良い一日でした。
秋空に 正宗雄町が よく似合う
ご注文雄町しております。
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遠くに見える朝日連峰は昨日の雪で冠雪しています。
少し早い冬の到来でしたね。
平泉寺の大日堂裏の新・四国八十八箇所巡りの石仏も朝日に照らされ神々しい姿を見せております。
空気が澄み切って、なぜか悲しい感じがするほど天気の良い一日でした。
秋空に 正宗雄町が よく似合う
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今週の月曜日に、ここ平清水から見て千歳山の裏側にある妙見堂へ行ってきました。
妙見堂の境内に、先日の記事「ダムの中のダムはムダの中のムダ」で、青年団と交渉にあたった山形県総務部長をしていた堀田政孝氏の記念碑があります。
記念碑には、
「わたしのたどる
ひとすじの道はけわしい
幾多の苦難があることだろう
しか志、わたしはわが道を行く
堀田政孝」
堀田政孝氏は東京帝国大学法学部を出て昭和15年に内務省に入省。戦後、山形県総務部長として迎えられ、山形の地方自治の確立に尽力した人物です。
当時、全国に先駆けて行われた山形県連合青年団による「公明選挙運動」、「産業開発青年隊」は、寒河江善秋氏の優れたアイデアと積極的な行動に加えて、県側の堀田政孝氏の協力があって大きな運動となり得たのでしょう。
堀田氏はその後、防衛庁へ進み人事局長までなりますが、官を辞し、政治の道を選び、今から40年前の昭和44年に晴れて山形一区から衆議院議員となります。
しかし、念願叶った一期目の任期途中においてお亡くなりになりました。享年54歳。
短い任期ではありましたが、ここ「正酒屋 六根浄」のある平清水を流れる恥川(はずかしがわ)の河川改修の際に、恥川が重要河川認定を受けることで、地元住民の負担が軽くなったのは、地元の陳情を受けた堀田政孝代議士が尽力したおかげであったと、七右ェ門窯の祖父が申しておりました。
堀田政孝氏の記念碑の前には秘書をしていた故・新関善久県会議員の記念碑。
しかし、記念碑は建てた関係者以外に見る人も少なく、悲しい存在ですね。
妙見堂の参道途中にあった兵隊さん石灯籠。意図がよくわかりません。
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だいぶ前にお話した、「佐藤正巳と菅野圭文展」が天童美術館で開催されています。
これが漆で描いた作品というのですから、漆の画材としての可能性を見出し、表現していった姿に感銘を受けました。
漆のピカピカした感じが暗い色調を暗くさせず、すんなりと絵の世界に入っていくことができます。
平清水にある平泉寺大日堂の千歳山大仏の仏頭をモデルにした作品もありました。
13日(日)まで開催しておりますので、是非ご覧下さい。
絵を観た後には、佐藤正巳先生の生家跡をそのまま蕎麦屋にした「吉里吉里」さんで蕎麦を食す・・・、鉄板コースです。
調べたら寒河江善秋氏と同じ年、1920年生まれなんですね。
司馬遼太郎の「街道をゆく」の中の「羽州街道」の中に登場する人物でもあります。
昔は大変お酒が好きな方だったそうで、今でもご健在です。
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「正酒屋 六根浄」のある平清水は、山形市の滝山地区にあります。
山形県の「山形」の地名の由来は、滝山地区と言われています。
歴史と文化が継承されてきたここ滝山地区の小学校の広報部長となったもので、何かと面倒です。
たいしたこともしてないじゃないか、とお叱りをうけそうですが、これがまた、なかなかなんです。
1学期中に2回の広報誌発行。
昨日、無事2回目を発行することができました。
ただでさえ小学校のPTA役員になりたがらないのに、広報部は1番の不人気部門であるようで、広報部に入る入らないで学年委員会が紛糾した学年があったとか。
今年は保護者の負担軽減を考え、先生ができることは先生におまかせするようにしました。
1学期に2回発行ですが、だいぶ負担が軽くなったと思います。はっきり言って作業自体は楽です。
しかし、昨年までの活動内容を知らなければ、嫌なことをやらされている意識が強い方はまだまだ広報部に入ったことで、割りを食っている感があるかもしれません。
入ったら得をするようなシステムを作らない限り、毎年揉めることを繰り返していく感じがします。
そこで、大事なのは、自ら発想し、企画したことを実現する喜びがもっと広報部にもあったほうがいいと考えます。制約事項はできるだけ少ないほうがいい。
PTA会員全員が利益を享受できるような話・・・、理想です。しかし、こんなのは絶対面白い記事になるわけがありません。
広報部員が興味を持ったことを記事にする、これでいいような気がします。
PTA広報活動の名目があれば、普段近づけない、話すことができない人にアプローチすることが可能です。これは大きなメリットではないでしょうか?
滝山学区の東北芸術工科大学には「おくりびと」の脚本家の小山薫堂氏が企画構想学科の学科長をしていますので、「つまらないPTAを面白くするにはどうすればいいのか?」などの質問をぶつけていくのもいいかな、と思っています。
先日、広報部OBの方から反発された私の案は、イケメン元Jリーガーに「サッカーが上手になるためにどうすればいいのか?」をみんなでインタビューしに行くといったもの。
本当に元Jリーガーでかつ、イケメン。こういう人とコンタクトを取れるんですよ、広報活動部の皆さん!
「広報部ずるい~」「広報部うらやましい~」
こう他の人から言われるような活動も可能なんです。
取材内容など大して重要ではありません。これで飯を食っているわけじゃないですからね。
PTA会員が興味を持ち企画・発案したものを広報誌にまとめることで会員同士の親睦を図る、これが広報活動の目的です。
子供の記録会の結果など先生が作る学校通信がやればいいこと。
今週末には「やきとり前田村」さんで1学期の反省会がありますが、面白い意見が出ればいいな、と思っています。
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七右ェ門窯の店舗にかざってある絵がさくらんぼを描いてある絵になりました。
平清水在住の漆工芸作家佐藤正巳先生の作品。
先週末、正巳先生にPTA広報誌の取材を電話でお願いしたところ、「もう90歳になるんで勘弁してください・・・」と断られました。
90歳とは思えぬはっきりとした口調であったので、こちらのお願いの仕方が悪かったかな、と少し反省しました。機会があれば何とか色々とお話を伺いたいものです。
昨日は定休日なので、久々に蕎麦屋さんへ。
高擶の「吉里吉里」さん。
二度目の訪問です。
日本酒のラインナップも渋い。
1回目よりも2回目が旨く感じる蕎麦屋さんは本物です。
ところで、冒頭でお話した佐藤正巳先生は高擶のご出身。
吉里吉里店主に伺ってみました。
「佐藤正巳先生のご実家はこの辺ですか?」
「ここです。」
高擶の佐藤家は村山地区有数の大地主で、正巳先生はその分家にあたり、「吉里吉里」さんのお店がまさにご実家であるとのこと。
なるほど、立派な蔵といい納得しました。
佐藤正巳先生の話でしばし盛り上がりました。
佐藤正巳先生の作品は天童美術館「天童の美術家シリーズ佐藤正巳と菅野圭文展
(8月21日~9月13日)」で見ることができます。
お近くのかたはぜひ。
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ちまたでは仏像ブームが来ているようで、一昨日の記事に登場した、平泉寺大日堂「木造大日如来坐像」についての質問がいくつか寄せられました。
仏像界に現れた新星。
高校野球で言えば、江川、松坂レベルの豪速球を投げる怪童が山形に現れる!といったところでしょうか。
作られた時代が10世紀後半で調査員が驚くほどの国の重要文化財レベルの仏像のはずが・・・。
残念なことに後世の修繕の後が多く見られるということで、重要文化財指定は難しいのだそうです。
でも、能書きや理屈じゃないんです。
お大日様の心の奥底まで見透かすような眼力。
メロメロです。
お大日様が静かに鎮座する平泉寺大日堂。
28歳でお亡くなりになった山形城主・奥平昌章公は、平泉寺大日堂に34回も参詣したとの記録が平泉寺に残ってます。
現在建っている大日堂は1684年に再建されたもので、ちょうど奥平昌章公が山形城主であった時期にあたります。
おそらく、再建に際し、奥平昌章公が損傷がすすんでいた一代の守護仏であった大日如来坐像の修繕を指示したのだろうと思います。
良かれと思ってした行為が、重要文化財を逃してしまう結果になるとは、思いもよらなかったでしょうね。
秘仏ということなんですが、今から30年前の昭和54年(1979)年。屋根の葺き替えの際に一世一度のご開帳があったとのことです。
もう一度、みんなの前に姿を現してくれ~。ご住職なんとかお願いします!
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「阿修羅」が人気だとか。
こういうミーハーなブームが来てしまうと、「阿修羅」に感じていた神秘性みたいなものが失せるというか、「阿修羅」がオスカー・ワイルドの「幸福な王子」状態になっているような気がします。
なんだか困惑した表情に見えますね。
ところで、世の中にはアイドル仏像とでもいうんでしょうか。妙に心に響いてくる仏像がいます。
六波羅蜜寺の「空也像」もなかなかですし、広隆寺の「半跏思惟像」にもシビれますよね。
長い年月を経て枯らさなければ味が出てこない味。
仏像はかつての都中心が出来がよく、地方にはあまりいいのがないような気がします。
しかしですよ、皆さん、ここ平清水では、約1千年の雌伏の時を経て、凄い仏像が姿を現したのです!
手の印の結びを見てください。
通常、大日如来は忍者のような智拳印を結ぶ金剛界大日如来がメジャーなのです。
それがどうです、法界定印(ほっかいじょういん)の印を結んでいます。これが胎蔵大日如来の証。
秘仏として人目に触れずに約1千年。
数年前、文化財調査のために調査した研究員があっと驚いたそうです。
ここまで時代が古い胎蔵大日如来坐像は全国的にも珍しいものだと。
調査報告書には、醍醐寺の大日如来坐像に並ぶ古例の一つとなろう、との記述があります。
「阿修羅」ブームの次は、平泉寺大日堂「木造大日如来坐像」ブームが来る!!
あ、今も秘仏でした。すみません。
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以前、キャッスルホテル櫻果林のチーフシェフ山内さんから、「俺の知り合いが駅で六根浄を売っていた、と言ってたよ。」と言われたことを思い出し、そんなことはありえないと思ってそのままにしていました。
ふと、そんな話を思い出し、もしかして、似たような名前の酒でもあるのかと思って、先ほど駅まで調査に行ってきました。
結論から言うとそんなまぎらわしい酒は存在しませんでした。
が、しかし!
似たような名前の食品があったのです。
その名も「六浄(ろくじょう)」、伝説の珍味。
「純米酒 六根浄」と仲良くツーショット。
「六浄(ろくじょう)」は六浄豆腐といい、西川町岩根沢で作られる伝統のある保存食なのです。
さっそく封を開け、そのまま食してみました
かなり塩っ辛い味です。でも、酒のつまみにいいかもしれないですね、これは。噛みごたえがあって、噛んでいるうちにとふっと豆の香りがします。
山形の食文化は奥が深い・・・。
この写真は、定休日の昼に食べた、口コミで評判の「季分屋」さんのカツと洋風ソースのハンバーグの定食。これで700円という値段もさながら、場所・建物も他ではありえないお店でした。
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先ほど、河北町谷地の「酒屋源八」の日下部さんが来てびっくり!何かと思ったら、保育園の行事で子どもさんと陶芸教室に来たんだそうです。
日下部さんのお店は、ワイン、焼酎、日本酒どれをとっても品揃えが素晴らしいお店です。
山形は蔵元が注目されますが、実は、売る方もレベルが高いのです。
当然、飲む側のレベルも高い。
山形は四季折々の季節料理もうまいですし、酒もうまいし蕎麦もうまい、言うことがないですね。
山形全体が素晴らしい「食のアトラクション」なのです。
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