澤姫

2009年7月26日 (日)

六根浄は”ROCK CITY”飲みましょう!

先日、リベンジに向かった先の滝野川の酒類総合研究所東京事務所。

清酒官能評価講習の再受講。

私が昨年落とした項目に、「香味強度の順位付け」がありました。

その中に、カプロン酸エチルの項目があり、4つの試料を濃度順に並び替える試験をしました。

そこであらためて気づいたこと。

カプロン酸エチル自体は味の癖がなく、やはり、人を魅惑するような甘い香りがしたということです。

酒造りの技術者にとってみれば、カプロン酸エチルの香り主体の酒は、手品のタネ明かしをされているみたいなもので、どっちらけなのですが、技術的な知識が不必要な消費者にとってみれば、たしかに喜ぶ香りなんだろうな~という香りでした。

嗜好品である以上、商品としての再現性が必要として考えたとき、ヤコマンという批判的手法を用いずに、香りを出す酵母により香りを出すことができるようになった。

ヤコマン常習蔵は月桂冠様ありがとう、と心でつぶやいたに違いありません。

甘くて香りの良い酒で日本酒の間口を広げることに成功し、日本酒嫌いだった人も日本酒が好きになり日本酒消費量は増え・・・てなんかいませんよね。

間口が広くても奥行きがなければすぐ出て行ってしまうのではないでしょうか?

だからと言ってプンプン系蔵元が一小売店の意向でいきなり転向する昨今の風潮も面白くなく、消費者不在の造り手のポリシー、フィロソフィーの欠如こそが日本酒衰退の元凶のような気もします。

ちなみに、プンプン系が嫌われる本当の主役は「カプロン酸」で、吟醸酒にはカプロン酸エチルの4倍もの量があるといわれています。

カプロン酸は、強いエグイような苦味を感じ、臭いは、汗臭、油臭、紙臭、袋臭、などの指摘を受ける原因となります。男の汗臭さとでもいうんでしょうか。

そう考えると、甘くて男の汗臭い酒というのも、女性向けと言われればう~む、なるほど、ですね。

昨日、当店へ来店された栃木県・澤姫の井上裕史さん。217261

南部杜氏、下野杜氏、1級酒造技能士、という資格を持った新進気鋭の若手の蔵元杜氏です。

澤姫さんは、すべて地元産のものにこだわる「真・地酒宣言」をコンセプトにしています。

井上さんが造る酒は丁寧で、二杯、三杯と安心して飲み続けられる酒。

酒造センスが秀逸で、ここの蔵の商品ならば安心してお取引できます。

積極的に生酛への取り組みをし、お話の中で酒造りへの真摯な姿勢を感じました。

はっきり言って澤姫さんが持ってきた生酛の純米酒は旨い!

私が理想とする生酛の姿に近いと思います。

ところで、井上さんに「純米酒 六根浄」を見てもらったら、「これは今だと、ロックにして飲むとうまいんじゃないですか?」とのこと。

さすがはプロ。いいことを聞きました。

しばらくの間、六根浄をRockにして飲むキャンペーンをしたいと思います。

 

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2008年11月17日 (月)

椿説 千歳山大仏

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平泉寺(へいせんじ)の大日堂を尊崇した山形城主 奥平昌章は、34回も参詣したと伝えられています。

この雰囲気を味わったら、その気持ちもわかる気がします。

奥平昌章公は28歳でお亡くなりになったということなので、毎年必ず参詣したのでしょうね。

ちなみに、奥平家はその後、宇都宮藩~宮津藩を経て中津藩となります。中津藩と言えば、福沢諭吉を輩出した藩ですね。

さて、この大日堂の横手を通り抜けていくと、白山大権現~宗五郎稲荷~平清水観音~平清水公園へとたどり着きます。

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平清水公園は、桜の名所としても知られていますが、現在「安全地蔵尊」が建っている場所に「千歳山大仏」が存在していたのです。

大仏殿六角堂は、寛文12年(1672年)に奥平昌章公によって、「山形のかざり荘となし給う精舎」として創建された、と伝えられています・・・、が、問題はここです。

奥平昌章公が生まれたのは寛文8年(1668年)のこと。

山形に末期養子として迎えられたのが1672年。

たった4歳の山形に来たばかりの殿様が「大仏が欲しい・・・」などと渋いことを言い出すわけがありません。キム・ウンヨン君レベルのIQをお持ちなら話は別ですけれども。

加えて、奥平昌章公が宇都宮藩に移ってからも参詣し続けたのは平泉寺大日堂。

たまたま大仏堂が創建した時にお殿様となったのが奥平昌章公だったのでは?という疑問を抱いていたんですよね。

なぜ、千歳山に大仏殿が必要だったのでしょうか?

それは、先代の時に起こった、奥山家の家臣同士を巡って起こった江戸を騒がした大事件が原因だった、と考えます。

大事件の名は「浄瑠璃坂の仇討」。

赤穂浪士の仇討の参考となったと言われるこの事件。

そこで亡くなった多くの家臣たちを弔うために建立された、という説を私は唱えさせていただきます。

奥平家臣団が言い出したのか、先代である奥平 昌能公のどちらが言い出したのかは定かではないですけどね。

ここに平清水の新しい歴史秘話が一つ生まれました。

ところで、奥平家は宇都宮藩から来て、また宇都宮藩へと移封しました。

「正酒屋 六根浄」にも、宇都宮から好敵酒が来ております。

Photo 「澤姫 生酛(きもと)純米 真・地酒宣言」

1.8L 2,650円(税込)

720ml 1,350円(税込)

香味が春先より複雑になってきています。

速醸酛だと、熟成に伴って苦味がでたりするんですが、良い生酛ってバランス良く熟成する感じがします。

ぜひ常温または燗にして飲んでいただきたいお酒です。

栃木県酒は、今後も要注目ですよ。

ネットでのご注文はこちらから。

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